3杯目 13人・密輸

 ある東南アジアの国での話である、その国には数ヶ月に一度は訪れなければならなかった、おのずとホテルも決まってくる、まあ金回りも良かったので安宿ではない。
 私は仕事で訪れている訳ではないのでヒマであった、たいして遊びに行くような所も無い国だったのでホテルの珈琲ショップに入り浸りの1日が常であった、その珈琲ショップでよく見かけたのが彼だった、いつも隅の方で何か飲みながら新聞を読んでいた、大概半そでシャツに半ズボンでスリッパという格好をしていた、昼間から仕事もしないでどういう人なんだろうと気になっていた、金持ちには見えないその彼といつしか会えば話をするようになった、彼はこの国の皇族の一員であると言う、どおりでぶらぶらしていてもいいはずだ、あまり本気にしていなかった私はどの程度の皇族(?)なのかは尋ねなかった 。
 その日も彼は隅で新聞を読んでいた、近づくと事故で墜落したヘリコプターの記事を読んでいるのが判った(文字は読めなかったが写真で判った)、落ちたんだってね、と言うと、ウン僕の親戚の人も死んだ、と大して悲しそうな顔もしていなかったので、やはりたいした皇族ではなかったんだと思う。
 詳しくは知らなかったが皇族や政府関係者が死んだという事は聞いていたので、で、何でと言うと、13人乗ってたからと言う、この国でも13という数は縁起が良くないのか?と尋ねると、いやあのヘリは12人乗りだからと真顔で答えた、彼には申し訳なかったが私は吹き出すのを必死にこらえ下を向いてしまった。

 珈琲ショップで思い出した、バンコクでの事、毎日のように行く店で顔見知りになった男だが、彼は肩を撃ち抜かれ手術のため入院していて最近退院したがもう少し静養しないと仕事が出来ないと言った、当時ベトナム戦争へ行ったタイ人もいたので(ご存知だろうか?)そこで負傷したのかと尋ねると、いやパタヤの沖だと言う、ご存知ない方の為に説明すると、パタヤとはバンコク から200Kmぐらい(?)、車で2時間程の所にあるリゾートだ、今はやたら賑やかな所になってしまったが当時は何もない所で、とても銃弾が飛び交う所とは思えない、私が訝しげな顔をしていたのだろう、実はね、と話を続けた、パタヤの沖でタイ国軍に追われ銃撃されたんだ、どうにか逃げきったがその時に肩を撃ち抜かれてしまったと言う、「何で銃撃されたんだ?」「ニィ・パシィーだ」(タイ語でニィは逃げるパシィーは税金つまり密輸)、彼が言うにはクロントイ(バンコクの港)ではヤバイのでパタヤの沖でやるとの事だった、解かり易くいえば横浜港ではヤバイので千葉沖でやるという事だ、「ところで何を密輸しようとしたんだ?」「ケム」と一言いった、私のタイ語では「ケム」といったら二つしかない、一つは「塩辛い」もう一つは「針」二つとも密輸とはなんら関係があるとは思えない、やはり麻薬だの武器を連想する「ケム?」「そう、布を縫うやつ」私の頭の中ではどうしても「針」と「密輸」は結びつかない、そんなに高価な針があるのだろうか?工業用ミシンの針だそうだが、私には理解出来なかった。
 「ジョンソン(モーターボートのエンジンのメーカー名)のン馬力を2つにしたから、今度は楽に逃げられる。」 男はまだやる気だった。


 今、彼らはどうしているだろうか?


 2杯目 学生証 || 4杯目 皿洗い