第19話 アジアへ帰れる

 待ちに待った船がやっと来た、どんなに嬉しかった事か。
 これで3食昼寝付きの毎日が保証される、あのカマンベールも食べ放題だ。
 インドからの船の中は、日本からのと違い、シッチャカメッチャカだった、皆旅なれていたし、私と同じ様な事をして来た者達ばかりである、餓鬼の集団みたいなもので、ここぞとばかりに食う、カマンベールも食べ放題とはいかなかった、皆やりたいようにやって来た者達である、急にお行儀が良くなるはずがなかった、ガンジャ(大麻)、ハシシ(大麻樹脂)を持ち込んでいる者がかなりいたはずだ、私も随分吸わせてもらった、煙は独特の匂いがするのですぐにわかる、船室で吸うと船内の空調を伝わって行くのか、船員が誰だ、誰だと探し回る。
 インドから乗った乗客の中に日本へ帰るという女の人がいた、彼女は私が一文無しのうえシンガポールで下りるという事を知ると、持っている日本円を全部あげるから船室へいらっしゃいと言ってくれた、私は喜んで彼女について船室へ行った、そこで私が手にしたのは百万円の束、ならぬ500円札1枚であった、申し訳ない事だが、がっかりしてしまった、その時の状況はよく覚えてはいないが、多分引きつった顔でお礼を言ったんではないかと思う、名前も何も忘れてしまったが、ありがとう御座いました。

 シンガポールへ入港した船を下船した私は真っ直ぐチャイニーズYMCAへと向かった。
 いくら物価の安い東南アジアでも500円ではいくらももたない、思い切って使ってしまおう、明日からはまた乞食をやればいい。

嘘のような本当の話

 YMCAのベッドにひっくり返り、ボーッと明日からの事を考えていた私の耳に何か聞き覚えのある声が聞こえる、英語だ、隣の部屋との壁の、上のほう30Cmは金網になっている、そこから聞こえているのだ、2人で話をしている、一人は現地の人間みたいだが、もう一人は明らかに日本人だ、その声が私の小学校からの同級生にそっくりだ、ものは試しと名前を呼んでみた、オッ、という声とともに、廊下をバタバタとこちらへ来る、何でここにいるんだ、お前こそどうして、やはり級友であった。

 彼は卒業旅行で友達数人と東南アジアに来ているという事であった、日本を出る前にお前の家に行ったんだ、そしたらオフクロが、どうも家の息子は東南アジアにいるらしい、会ったら渡してくれって100ドル持たされたんだ、無理でしょうとも言えず預かってきたけど、と100ドル渡された、ネパールで貸した100ドルだ、どこに送金していいか判らず、実家へ送金してあったのだ、それにしても無茶な話だ、東南アジアは、少なくとも実家の町内より広いはずだ、こんな偶然はなかなかあるもんじゃないと思う。

 彼の父親の働いている会社の社宅がシンガポールにあってそこに泊まれるよう手配もしてくれた、しかし、自由気ままな生活をして来た私にはどうも合わない、なんとなく合わない、檜の風呂があったにも係わらず数日でそこを出て、海辺の公園が私の家となった、何日か経つと私がインドから乗った船が日本へ行きそこから海外雄飛(?)を夢見る若者を乗せて帰って来た、その中の一人に(Y)がいた、彼はたったの90ドルしか持っていなかったので、じゃあ一緒に公園で寝ようという事になり、同居人が出来た。

 私はたいした荷物は持っていないし、大切なものは常時身に付けている、彼にもその辺の事は注意をしておいたのだが、翌朝起きてみると、彼のバッグから貴重品は全て消えていた、現金もその中だったと言う、あれほど言ったのに、ここは日本じゃないんだ、もう後の祭り。

 彼は島伝いにオーストラリアに行きたかったみたいだが、一文無しとなってはそれも無理、私のお金でタイに行こうと決まった。

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